背景と学術的問い

都市間をつなぐ航空・鉄道・高速バスなどの幹線交通サービスは,ネットワークインフラ・搬器・熟練従業者の確保等に莫大な固定費用を要し規模の経済性が強く働くため,民間事業者の競争的整備に任せた場合,公平性などの社会的特性が確保できる可能性は小さい.特に発展途上国においては,重複や過剰投資を防ぎ,整備財源負担の公平性,効率性を保つような幹線交通網を計画する方法論が必要とされ,日本の経験や技術への期待も大きい.

2000年ごろから環境問題への関心が強まり,EUでは航空網の端末部分を高速鉄道に代替させる政策が提案された.当時の検討にはGAなどのヒューリスティクス手法a,b,c,d)が用いられたが,制約条件を直接的に考慮できず,ペナルティを乗じて目的関数に取り込むことが普通である.このブラックボックス的な方法では,複数の制約条件間の相互関係の理解を深めつつ多くの主体が受容できる実行可能解を得ることが難しいという大きな問題があった.

この問題を解決する上では,双対変数を用いて解の信頼性や制約条件の影響力を評価でき,計算効率性が優れる数理計画モデルe)が有用であり.研究代表者らはネットワーク形状,サービスの提供頻度,運営費用の運賃負担を同時最適化するモデルを開発してきた.

日本では現在,人口減少やIT業務化に伴う需要減少や施設老朽化などの長期的影響に加え,自然災害や感染症等などの短期的インパクトからも迅速に回復して経済的,社会的,環境的な性能を提供できるレジリエントなインフラシステムの実現が必要となっている.本研究は,その嚆矢として,数理計画法に基礎をおくレジリエントな幹線交通ネットワークの計画論の確立を目的とするものである.

本研究の核心をなす学術的な問いは、以下のようになる。

(A) リンクの途絶や所要時間の変化に基づく利用可能経路や利便性への断続的影響を内包したネットワーク計画問題は,どのような数理計画問題として表現できるか?

(B) 利用者の運賃負担を基礎として経済的価値を実現するため,ネットワーク構造,交通量,運賃を同時決定する長期的整備問題を,どのような数理計画問題として扱うのか?

(C) 環境負荷制約,パンデミック対応などの環境的価値,公平なモビリティの提供という社会的価値の各種のインパクトからの回復性を保証するためのレジリエンス計画は,どのような動学的数理計画問題で表現できるのか? 

(D) 実用サイズの問題を効率的に解くために,計算法をどのように改善すれば良いのか?